起業は、絵に描いた餅ではダメ!

起業失敗談

二〇〇〇年、音楽業界のIT化実現を掲げて、僕は会社を起業することになりました。起業のきっかけは、前職のシンクタンク会社に音楽業界の重鎮X氏とY氏が、新しいベンチャービジネスを始めたいと相談にしてきたことでした。

シンクタンク会社の役員Z氏がコンサルタントを担当し、音楽業界に詳しいということで僕が具体的な企画を提案し、企画発案者の僕を社長にして起業することになったのです。Z氏のアドバイスに従って組織したのは、
◆代表取締役社長=殿木達郎(僕です)……元ヘヴィメタドラマー
◆代表取締役会長=X氏……音楽プロデューサー
◆取締役=Y氏……芸能プロダクション社長
◆取締役=Z氏……経営コンサルタント
という面子で、音楽業界のIT化を目的にベンチャービジネスを始めるには、なかなかの座組だと思います(さらに五人の取締役と一人の監査役を集めて十人の役員体制でのスタートとなるのですが……)。

当時の僕をよく知る人が見たら、「なんでこの四人の中に殿木がいるの?」と、いきなり怪しいと思ったでしょうね。でも、コンサルのZ氏が言うにはベンチャービジネスにおいて、表の顔には「若さ、誠実さ、エネルギッシュでそれでいてギラギラしてなくてクリーンなイメージ」が求められると! X氏もそのことに大いに納得していました—その裏にどういう思惑があったかは、おいおいお話ししますが……。

さて、起業に当たって、一番必要なのは運転資金です。どうやってお金を集めるか? 
会社経営のノウハウを知らない僕は、Z氏のアドバイスがすべてでした。実はシンクタンク会社の経営は雲行きが怪しいのに、そんな会社の役員をしているZ氏に頼っていいのだろうか? と、かなり不安はありました。とはいえ、ベンチャービジネスの立ち上げにはスピードが必要で、もたもたしているとどこからかライバルが現れて、マーケットをごっそりかっさらっていきます。なので、一秒も油断ができない。そういう起業の采配の仕方は見事で、Z氏はさすがプロだなと思っていました。

Z氏は即座に「設立準備室」なる名刺を作ってくれました。この名刺を持って、新会社の出資者を募ろうというのです。X氏からは、オフィスがあった方がいいだろうと、X氏が書斎代わりに使っていたマンションの一室を設立準備室用に提供してもらいました。「設立準備室」が用意されると、もう引き返せないというある種のプレッシャーを感じました。

そして何より驚いたのは、Z氏が書いた事業計画書によると、のっけから、なんと一億円の資金を調達すると書いてあるじゃないですか。
どこから、そんなお金を引っ張ってくるのかなと思いましたが、Z氏曰く、「某超一流企業から引っ張る!」と。しかももう、相手方の常務取締役にアポが取ってあるから、それまでに、相手を納得させられるだけの企画書を用意しろと言うのです。

もう、アポまでに時間がありません。企画書作りやプレゼンは得意な方ですが、
一億円を出してもらうのにふさわしい企画書が書けるか不安でした。でも、やるしかありません!
僕は「設立準備室」に籠って企画書を書きました。

経営コンサルタントのZ氏は、「お金がどうやったら儲かるか?」ということは考えていても、音楽業界のIT化のために具体的なアイデアを出してくれることは一切なかったのです。「僕は音楽業界のことは知らないからね。そこは殿木、おまえが考えろ!」と。言われてみればごもっともです。では、音楽業界の重鎮のX氏、Y氏はどうかというと、「僕らの人脈にはいくらでも繋げるからね」と言ってくれるのはありがたいのですが、「デジタルのことはわからないから、殿木に任せる」と、やはり具体的なアイデアを考えてくれるわけでもなく……まあ、それも、そうですよね。X氏、Y氏にそれがわかっていたら、若造の僕と組もうなんて思わないでしょうから!

そんな中で僕がまとめた構想は、オンライン上で行う「①音楽の配信事業」「②タレントのキャスティング事業」「③WEBエンタテインメントマガジン」の三つを柱にしたものでした。今なら、iTunesなど音楽配信は当たり前で、サイトに登録したタレントをネット上でキャスティングできるシステムも存在する時代であり、WEBマガジンも普及していますが、二〇〇〇年当初は、実験レベルのものはあっても、普及にはまだ遠い、未開拓の領域だったのです。実現すれば、「起業した会社はレコード会社、プロダクション、出版社の機能も備えた万能の存在になる。まさに音楽業界に大きなパラダイムシフトをもたらすはずだ!」と意気揚々として、僕は、某超一流企業にプレゼンに行きました。

プレゼン自体はうまくいったと思ったのですが、某超一流企業の常務は、一言「我が社としては、ネットを使った音楽系ベンチャーには一切投資しない方針なので、残念ですがお引き取りください」と。
「えーっ!」と驚くほど、けんもほろろに僕の企画は秒殺されました。

なぜ?
しかし、タイミングが悪かったのです。企画の三本柱の中でも、僕が一番やりたかった音楽配信ビジネスに関しては、ちょうどその頃、アメリカ発の音楽配信事業モデルが日本にも上陸し、話題を呼んだもののスキャンダラスな記事がマスコミを賑わし、配信事業が打ち切りとなってしまいました。そういう事例があると、イメージを大切にする大手企業は音楽配信事業に参入することに及び腰になるわけです。

今、音楽配信ビジネスが日常に普及していることを見据えれば、そういうときだからこそ、参入のチャンスだったと思います。でも、それは型破りなベンチャーがやって風穴をあけるのであって、名前のある有名企業は慎重になるのもよくわかります。
その後、Z氏は、ほかにも出資してくれそうな企業の偉い方を何人も紹介してはくれましたが、交渉する金額も一桁、二桁小さくなってしまい、それでも出資の話は成立せず、不振に終わってしまったのです。

ヤバいぞ! 一秒でも急がなければならない資金調達が全くできない! これでは、会社を起業できない。当初の事業計画は絵に描いた餅に過ぎなかったのです。

なぜ、絵に描いた餅になってしまったのか?
どうすれば、絵に描いた餅を実現させることができるのか?

続きは、  『崖っぷち社長が教える! ピンチを乗り切る「なぜ?」「どうする?」の使い方』 の49~51ページをご覧ください。

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